大判例

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大阪家庭裁判所 昭和48年(家)2410号 審判

申立人 市川壮治(仮名)

相手方 市川かね(仮名) 外三名

主文

被相続人市川庄之助の遺産である有限会社市川総業の持分権三九〇〇口は、申立人が四六八口、相手方市川紀男が八七七口、相手方浜田輝子が八〇二口、相手方市川かねが一七五三口それぞれ単独取得する。

前項の代償として申立人は相手方浜田輝子に対して金一〇円、相手方市川紀男は相手方浜田輝子に対して金二六三九円、相手方市川かねに対して金六、八二〇円をそれぞれ支払え。

審判費用は五分し、その二を相手方市川かねの、その余を申立人、相手方市川紀男、相手方浜田輝子の負担とする。

理由

(事件の経緯)

申立人は、昭和四五年一二月二二日遺産分割調停申立てをなし、当裁判所調停委員会は昭和四六年一月二六日を第一回期日として昭和四八年九月二七日までの間二〇数回に亘り調停期日を持ち、調停を試みたが、ついに合意を得るに至らず調停は不成立となり、審判手続に移行した。

(相続人とその相続分)

本件記録の戸籍謄本、除籍謄本および調査の結果によると、被相続人市川庄之助は昭和四〇年九月七日死亡し、相続が開始したものであること、被相続人には妻として相手方市川かね、その間の長男として相手方市川紀男、長女として市川伸子、二男として市川茂夫、三男として申立人市川壮治、二女として相手方浜田輝子、四男として相手方市川誠があつたが、長女伸子および二男茂夫の二人はいずれも夭逝し、その相続人もないことから、結局本件当事者が被相続人の共同相続人であることが認められ、被相続人との身分関係に民法九〇〇条の法定相続分によると、各相続人の法定相続分は相手方かねが三分の一、申立人およびその余の相手方らがそれぞれ六分の一であることは計数上明らかである。

(被相続人の遺言の存在とその効力)

当庁昭和四五年(家イ)第二五五三号親族間調整調停申立事件記録の遺言公正証書正本の写しによると、被相続人は昭和三三年一〇月二一日公正証書により遺言をなし、その内容の要旨は以下のとおりである。

一  長男市川紀男に、

(1)  大阪市○○区××××町三〇五番地上

木造瓦葺平家建納屋一棟 建坪一一坪五合五勺

(2)  大阪市○○区××△△△二ノ割六〇番地

田 二反一畝歩

を遺贈する。

二  二男死亡

三  三男市川壮治については、

(3) 大阪市○○区××××町二六八番地

宅地 四六坪

(4) 同地上

木造瓦葺二階建家屋一棟 建坪二九坪九合

を既に生前贈与済みである。

四  四男市川誠に、

(5) △△市○○○○四八一番地の一

田 二反二畝二〇歩

(6) 大阪市○○区××△△△二ノ割六〇番地

田 二反一畝歩

(7) 同所六二番地の二

田 一反三畝歩

(8) 同所六四番地

田 一反七畝四歩

(9) 大阪市○○区××××町△△△九〇番地の一

田 七畝二四歩の永小作権(現在、市川誠が耕作しているから、それを確認する趣旨。以下(12)まで同じ。)

(10) 大阪市○○区××××町△△一三四番地

田 一反二三歩の永小作権

(11) 同所一四二番地

田 一反歩の永小作権

(12) 同所一四三番地

田 一反一畝一一歩の永小作権

を遺贈する。

五  二女浜田輝子については、昭和二九年一一月三〇日に嫁入道具を生前贈与済みである。

六  妻市川かねに、

(13) 大阪市○○区××××町△△△一五四番地

田 一反一畝三歩 他畦畔一歩

(14) 大阪市○○区××××町△△△二六五番

田 八畝二〇歩

(15) 同所同番地

田 五畝二歩

(16) 同所同番地

田 一畝六歩

(17) 大阪市○○区××××町三〇五番地

宅地 約五三坪

(18) 同所同番地

宅地 約五五坪

(19) 同地上 家屋番号同所第二一番

木造瓦葺平家建居宅一棟 建坪二三坪二合五勺

前掲遺言書に、当庁家庭裁判所調査官作成の調査報告書および本件記録添付の不動産登記簿謄本並びに当裁判所に明らかな事実によると、上記遺贈目的不動産のうち(2)および(6)の不動産は同一物件であり、遺言書作成前後示の経緯により相手方紀男名義にて所有権移転登記手続が経由されているものであること、同不動産(7)の物件の同所六二番地の二の表示は同所六〇番地の、同不動産(17)の物件の大阪市○○区××××町三〇五番地の表示は同所六七番地の一の誤りであること、同不動産(9)の物件の面積は八畝四歩であること、そして大阪市○○区は分区により、上記不動産の○○区の表示は全て△△区になつたものであること、××××町および××○○○町の表示に続く「○○○」「△△」「×××」「○○○」「△△△」の表示は不要であること、同不動産(5)の物件の表示は××市○○八丁目四八一番一であることがそれぞれ認められる。

ところが、前掲資料によると、遺贈の目的となつた権利は遺言者である被相続人の死亡した昭和四〇年九月七日の時点には、上記(9)ないし(12)の権利を除いて相続財産に属してはいなかつた。即ち、遺言者は、(1)および(19)の建物を昭和三四年六月頃取壊し、(5)の物件は昭和三五年七月に(但し、その後後示の如く相手方紀男が取得するに至つた。)、(7)および(8)の物件は昭和三五年二月に、(19)の物件は昭和三三年一〇月頃に、(14)ないし(16)の物件もその頃にそれぞれ第三者に売渡し、(17)および(18)の物件は昭和三五年八月に後示の申立外有限会社市川総業に贈与した。そうすると、(1)および(19)の物件については、遺言書作成後遺贈の目的物を破棄したということになり、民法一〇二四条後段により、また、(5)、(7)、(8)、(17)および(18)の物件は遺言後の生前処分ということになり民法一〇二三条二項により、それぞれ該遺言部分は取消されたことになり、その効力を失つたことに帰し、(18)ないし(16)の物件はいずれも遺言作成月と同一月に処分されているため、作成以前の処分か、作成後の処分かは俄かに決し難いところであるが、後者と仮定するならば(5)等の物件と同様であり、前者と仮定するならば民法九九六条により決すべきところであるが、本件の全資料によつても同条但書の「その権利が相続財産に属すると属しないとにかかわらず、これを遺贈の目的としたもの」とは認め難いところであるから、同条本文によりその効力を生じないこととなり、いずれにしても本物件についても遺言の効力がないことに帰するし、(2)=(6)の物件は後示の如く相手方紀男の所有のものであるところ、民法九九六条但書に該当するとは認め難いところであるから、同条本文によりその効力を生じない。

従つて、被相続人が昭和三三年一〇月二一日なした公正証書遺言は、相手方誠に対して(9)ないし(12)各土地の永小作権(実質上は賃借権)を遺贈するという部分に限つてのみ効力を有することとなる。

(遺産の範囲)

一  有限会社市川総業の持分権

(一)  有限会社市川総業(以下、単に会社という。)の定款および登記簿謄本によると、会社は昭和三五年一月三〇日不動産賃貸および管理、建築材料の販売、これに付帯する一切の事業を行うことを目的として設立され、設立時資本金一〇〇万円、出資一口の金額一〇〇〇円、出資口数一〇〇〇口、社員は被相続人、相手方かね、申立人、相手方誠、申立人の妻である市川登美子の五名、代表取締役は被相続人として発足したものであることが認められる。

(二)  前掲の定款および会社の社員名簿によると、被相続人が六〇〇口、その余の社員が各一〇〇口出資した旨記載され、その旨の領収書も発行されているが、前掲の調査報告書、本件記録の不動産登記簿謄本、相手方かね、相手方誠、市川登美子審問(以上いずれも第一および第二回)の結果によると、被相続人が一人で全額出資し、他の社員は現実の出資は全くしておらず、相手方かねおよび相手方誠においては、自らが何口出資していることになつているかすら知らない状況であり、会社設立の都合上被相続人が便宣相手方かね、申立人、相手方誠、市川登美子を社員にし、出資を仮装したにすぎないものであり、会社の資産の大部分を占める後示の各不動産は全て被相続人が会社に対して贈与したものか、その収益等から買入れたものであつて、結局会社は被相続人の単独会社と目すべく、実質的には被相続人が一人社員として、会社の全資産を所有するものであり、昭和三六年三月一五日増資し、会社の資本金四〇〇万円、出資口数四〇〇〇口となつたが、この際も被相続人が二四〇〇口、相手方かね、相手方誠、市川登美子が各二〇〇口出資したこととなつてはいるものの、前示同様被相続人が全額出資し、相手方かね、相手方誠、市川登美子は現実には出資しておらず、出資を仮装したにすぎず、被相続人一人社員の実質に何ら変化をきたしていないことが認められる。以上の認定に反する証拠はないのみならず、相手方かね、相手方誠、市川登美子の自認するところである。

(三)  前掲の社員名簿によると、申立人が昭和三五年四月一一日に市川登美子に対し一〇〇口を、被相続人が昭和三六年一一月二四日相手方浜田に対し一〇〇口をそれぞれ譲渡した旨記載されている。前者の申立人から市川登美子への譲渡は仮装名義人の譲渡行為として持分権の実質に何ら消長をきたすものでないことは、前認定事実より明らかであり、市川登美子の自認するところでもあるが、後者の被相続人から相手方浜田への譲渡は、権利者の処分行為としてその実質的実体的効力を検討されねばならないところ、相手方浜田は当裁判所からの正当な呼出を受けながら出頭せず、同人より直接その点を確認することができなかつたところであるが、相手方浜田の昭和四七年六月二八日付および市川登美子の昭和五〇年一一月一八日付の手紙によると、被相続人から相手方浜田に対して一〇〇口の持分権を譲渡した頃、申立人および市川登美子夫婦には子供がなかつたため、相手方浜田の長女由紀子と養子縁組することとなり、この縁組のために被相続人が相手方浜田に対して持分権一〇〇口を贈与したものであるが、後日この縁組が破談になつたが持分権一〇〇口の贈与はそのままとなつていることが認められる。そうすると、相手方浜田自身の縁組ではないが、その長女の縁組のために相手方浜田に贈与したものであるから、民法九〇三条の生前贈与にあたるものと解され、いわゆる持戻財産として相続財産にその価額を加えるべきものである。

(四)  以上の次第であるから、会社持分権四〇〇〇口のうち、三九〇〇口は被相続人の遺産に属し、一〇〇口については相手方浜田に対する生前贈与として相続財産にその価額を加えるべきものとなる。

二(1)  大阪市××区××××町二八六番一 宅地 一五四四〇m2

(2)  同地上 家屋番号四九番 木造瓦葺二階建居宅一二四七九m2

前掲の調査報告書、不動産登記簿謄本、固定資産評価証明によれば、申立人は昭和三三年一月田中登美子と婚姻届を了して夫婦となつたものであるが、結婚を前にした昭和三二年に被相続人家族から別居して一家を構えるに際し、被相続人が申立人に対して本件土地および建物を贈与したものであることが認められ、民法九〇三条の婚姻、生計の資本としての贈与に該当することは明らかであり、当事者間にこれについて異議をさしはさむ者は存しない。

従つて、本件土地および建物はいわゆる生前贈与として相続財産にその価額を加えるべきものである。

三(1)  大阪市××区××××町九〇番一

田 八〇六m2

(所有者山木武夫)

(2) 同所一四二番

田 九九一m2

(3) 大阪市××区××××町一四三番

田 一一二七m2

(4) 同所一三四番

田 一〇六七m2

((2)ないし(4)の所有者森山俊彦、森山洋、森山美津男各三分の一)

以上の賃借権(小作権)。

前掲の遺言公正証書正本によると、本件各土地の賃借権は、被相続人より、相手方誠に遺贈されたものであり、大阪府収用委員会の裁決書によると、(2)ないし(4)の土地の賃借権は昭和四九年一一月五日相手方誠に対する損失補償一億一七五八万八一〇四円で大阪府に収用されたものであることが認められる。

四 ○○市××八丁目四八一番一 田 五四八m2

前掲の調査報告書、不動産登記簿謄本、「長男紀男に対する財産分け」と題する書面、不動産売買契約書、登記申請書、不動産売渡証書(二通)、通知書(二通)、○○区農業委員会議事録、○○市農業委員会議事録、口頭弁論調書、相手方かね(第二回)、相手方紀男(第二および第三回)、市川登美子(第二回)各審問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一)  本件土地は、相手方紀男が昭和三七年五月一七日申立外東田健一郎との売買を原因として同月一九日所有権移転登記手続を受けているものである。

(二)  相手方紀男は、旧制小学校を卒業後の昭和九年頃から後示の昭和三二年八月に家を出るまで兵役に従事した昭和一八年四月頃から昭和二〇年一〇月までの間を除いて父である被相続人の家業の農業に従事した。当初は父を助け約一反一畝の自作地と一町一反の小作地を耕し、昭和一四、五年頃被相続人が病弱のため殆ど農作業に従事できなくなつて以降は他の家人の手伝いはあつたものの農業収益を唯一の収入源とする親子、兄弟六人家族の主たる働き手となつた。いわゆる農地解放の時、被相続人は約一町もの農地を取得したが、その頃被相続人は全く農作業に従事できず、相手方紀男が一家の柱として農作業に従事しており、かつ、当時近隣の農家にあつては農地解放により取得した農地の全部又は一部を長男名義により取得することが行われたため、被相続人が相手方紀男名義で取得せず全部自己名義で取得したことに対して近隣の者或いは親族らよりとかくの非難を受け、相手方紀男も面白くない気分を持つたであろうし、間もなく二男である申立人が大学に進学し、全く農作業をすることなく学生生活を楽しんでいる姿をみるにつけ、なおさらのことであつたろうことは推察に難くないところである。

(三)  被相続人は、昭和二七、八年頃大阪市○○区××△△△六〇番田二反一畝の売物があつたため、これを相手方紀男のために買受けることにした。しかしながら買受け資金がなかつたため、買受け代金の全額である金三万三〇〇〇円を相手方かねが、その兄にあたる申立外吉村茂三に「紀男がわしの地一枚もない。買ういつているから銭かしてんか。」といつてその融通方を依頼したところ、かねてより相手方紀男に同情していた同人が相手方紀男のために土地を買入れるならばとして、いわば相手方紀男を見込んで全額融資してくれたため上記土地を買受けることができ、売主より相手方紀男に対して所有権移転登記手続がなされた。そして、吉村からの借金は翌年以降に農業収益をもつて返済した。

(四)  相手方紀男は、昭和二二年頃結婚し、結婚後も被相続人、相手方かね、弟妹三人と同居していたが、相手方かねがいわゆる財布を握り、必要の都度小使銭を貰う程度で定額の賃金等の収入を得ているわけではなく、家族の一員として衣食住を供されているにすぎず、昭和二五、六年頃から相手方誠も農業に従事するようになつたが、補助役の域を出なかつた。

(五)  ところが、相手方紀男は昭和三二年八月一二日被相続人方から出ることを余儀なくされた。家を出る以前に相手方紀男と被相続人らとの間に何らかのトラブルがあつたと認められる資料は全く存しないところであるが、家を出る数日前相手方かねが突如「お前に死水をとつて貰うのは厭だから出ていつてくれ。」と申向け、普段から温和しい被相続人も相手方かねに同調する態度を示したため、大いに驚き、前示の吉村、被相続人の長兄市川真一郎らに相談やら助力方を請うたところ、一様に相手方紀男に同情を示し、同人らが相手方かねに理由を尋ね、諫めもしたが、理由もいわず、翻意もせず、狂気の如く相手方紀男が家を出ることを要求するのみであり、被相続人も同調の態度を崩さなかつたため、やむなく同人らは被相続人に対し相手方紀男がいままで酒も飲まず、道楽のあるわけではなく、長い間一家の柱として真面目に働いたことに対する代償として財産分けをするよう要求し、結局被相続人も承諾するところとなり、「長男紀男に対する財産分け」と題する書面を作成し、「一、△△△○○○弐段一畝(前示相手方紀男名義により取得した分。前示遺言書(2)=(6)の物件をさす。)一、×××壱段五畝(同(14)ないし(16)の物件をさす。)一、〇〇八畝(同(10)の物件をさす。)」を譲渡することになつたが、これらの土地は当時被相続人が所有する自作地および小作地の約四割に相当するものであつた。

(六)  相手方紀男は妻と生後間もない子をかかえて金五〇〇〇円の金を貰つて家を出、親族の一人の好意によりアパートの一室に落着くことができたものの、前項の財産分けは全く履行されないばかりか、土地に入つて耕作することも相手方誠より実力をもつて妨害される仕末で全く生活の目途も立たず、やむなく職業安定所のあつせんで日傭労務に従事し、やがて、屎尿汲取りの職を得て生活を送るに至つた。ところが、被相続人は昭和三三年一〇月申立外上田次郎に対し財産分けの対象となつた×××の土地一反二畝二四歩を相手方紀男に無断で売渡し、さらには相手方紀男に対して前示の大阪市○○区××△△△六〇番の土地を処分するように執擁に迫り、相手方紀男は当初断り続けていたが被相続人が代替地の取得方を約束したので折れ、昭和三六年二月申立外○○社××工業株式会社に対して金五六七万円で売渡したが、その代金の内金二一七万円を被相続人が取得するに至つた。そして代替地としてかつて被相続人が所有し、昭和三五年七月に申立外東田健一郎に金二〇〇万円で売渡した本件土地二反二畝二一歩を買戻すこととし、相手方紀男は同人との間に昭和三六年二月一日金三〇五万で売買契約を締結し、前示○○社より受領した代金の内から間もなく東田に対する売買代金の支払いを了した。

(七)  本件土地の売買契約は成立し、その代金の支払いも了したものの、売主である東田は本件土地を被相続人より取得後一年未満の処分であつたため、農地法三条の許可を得ることが困難であると予測されたので相手方紀男も了解のうえ昭和三六年七月頃まで農地法三条の許可申請手続、所有権移転登記手続を留保することにしていたところ、相手方紀男が約束の同年月頃に至るや東田に対して農地法三条の許可申請および所有権移転登記手続を請求したところ、同人は相手方紀男が農地を買受ける適格性のないことを理由に拒絶した。その頃本件土地が中央環状線の道路敷として買収の対象となり、地価が高騰していた状況であり、相手方紀男はやむなく同人を相手方として本件土地の所有権移転登記手続等を求めて大阪地方裁判所に訴を提起したものの、家を出、自己名義の土地を処分したことにより農地法三条二項五号に該当し、最終的に所有権を取得するに支障をきたすことになり窮地に陥つた。そこえ前示の吉村が援助の手を差し伸べてくれ、同人所有の農地二反四畝九歩を相手方紀男に賃貸してくれることとなり、農業委員会に農地法三条一項の賃借権設定の許可申請手続をしたところ、同条二項五号に該当するか否かで審議され、その間被相続人より同委員会に相手方紀男は同号に該当しないので却下すべきであるとの上申書の提出があり、相手方かねが農業委員会場に座込む等結果的に相手方紀男が吉村より前示の土地の賃借権の設定を受け、ひいては本件土地の所有権を取得することを妨害する所為に出た。また、東田が任意に相手方紀男の請求に応じなかつたのは被相続人らの要求によるものであつた。結局多多曲折はあつたものの、その間に相手方紀男が○○市××三〇七番一田五畝一八歩および同所七九七番田四畝一七歩を取得したこともあり、同年一二月二〇日農業委員会の賃借権設定についての許可を得ることができ、一方東田に対する訴訟も大阪地方裁判所において昭和三七年二月一六日和解が成立し、「東田は相手方紀男が前示の『財産分け』と題する書面を返還するのと引換えに本件土地につき昭和三六年二月一日売買契約による所有権移転に関し、大阪府知事に対する農地法三条の許可申請手続、この許可があつたときは所有権移転登記手続をせよ。相手方紀男は被相続人を贈与者、相手方紀男を受贈者とする前示『財産分け』と題する書面記載の○○○×××および△△△の土地についての贈与契約は解除されたことを確認する。」こととなつて、本件土地に関する紛争は落着した。

(八)  相手方紀男は昭和三九年九月頃本件土地の内五四八m2を残して前示中央環状線の道路敷として買収に応じた。

以上認定の事実から検討するに、申立人および相手方かねは、本件土地が被相続人の相手方紀男に対する生前贈与である旨主張するところである。そこでまず検討されなければならないのは、相手方紀男が本件土地を取得する実質的原因となつた大阪市○○区○○○六〇番田二反一畝歩の取得原因如何である。本件審理の過程において○○○×××六〇番の土地の所有権は被相続人にあり、相手方紀男の所有名義は仮装のものにすぎない旨の主張も散見されるところであるが、上記認定事実より明らかな如く、相手方紀男のために取得したものであるから、相手方紀男の所有に属したものであり、到底採り得ない見解である。その後財産分けの際この土地が含まれ、大阪地方裁判所における和解の際にこの土地の贈与を解除する旨の合意があつたこと、さらにはこの土地の処分代金の一部を被相続人が取得したことも以上の認定を覆すものではない。相手方紀男のこの土地に対する所有権が被相続人からの贈与によるものか、独自に売買により取得したものであるかについては、前者、被相続人からの贈与により取得したものと認める他はない。即ち、被相続人方にあつては、農業の基盤となる土地は自作地小作地を含めて全て被相続人の権利に属し、農業収益も被相続人が管理していたものであるから、農業の主体はあくまで被相続人であり、相手方紀男が被相続人方における主たる働き手として、実質上一家の柱として農業収益をあげる最大の力となつていた事実はあるにしても、収益の主体はあくまで被相続人であると認めざるを得ないところであり、相手方紀男は独自に農業収益を使用する能力はなく、従つて○○○六〇番の土地を買受ける能力はなかつたといわざるを得ないところである。前示の吉村が買受代金の全額を、相手方紀男のために融通したとの点も相手方紀男の所有土地を買受けるための融通と解され、借受けの主体が相手方紀男であつたとは認め難く、また同人の妻の(前掲調査報告書)「被相続人になら貸さなかつた。」との供述も相手方紀男が被相続人方の主たる働き手となつていたから融通したとの趣旨以上のものと評価することは妥当ではなく、売買および消費貸借の主体はあくまで被相続人であり、その計算のもとになされたものとして、相手方紀男に対する所有権移転登記手続は、被相続人から相手方紀男に対する贈与と解されるところである。しかしながら、民法九〇三条のいわゆる持戻財産は「婚姻、養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与」に限定されるところ、前示認定事実よりすれば、本件贈与は生計の資本としての贈与と認める資料は全くなく、被相続人が永年に亘つて農業に従事し、主たる働き手として、一家の柱として相続財産の増加および維持に寄与し、一家の収益を挙げる主たる力となつた相手方紀男の労に報いるための贈与と認められるところであるからいわゆる持戻財産ではない。そうすると、前示の経緯のもとに取得した代替地と目すべき本件土地も同様の結論という他はない。なお、○○○六〇番の土地を処分した際その代金の一部を被相続人が取得した事実を目して、とかくの主張をする者もあるが、これは被相続人らの全くの無理な主張を、当時における被相続人らと相手方紀男の事実上の力関係により、相手方紀男においてやむなく採らざるを得なかつた妥協的措置であつて、何ら合理的根拠を持つものではない。以上要するに、本件土地はいわゆる持戻財産として、相続財産の範囲に属するものではない。

五 (1) ○○○市×××町二〇八三番 畑 六五七m2

(2) 同所二〇八四番 畑 一〇四四m2

本件各土地の登記簿謄本によると、本件(1)の土地は昭和三八年一〇月五日売買を原因として昭和三九年一〇月三日に、同(2)の土地は昭和三七年七月六日売買を原因として昭和三八年一一月五日にそれぞれ前所有者林田清司より被相続人に所有権移転登記手続が経由されている。前掲の調査報告書、相手方かね(第二回)、相手方誠(第二回)、市川登美子(第二、第三および第四回)各審問の結果を総合すると、以下の事実を認めることができる。本件各土地は会社が所有していた大阪市○○区××△一五一五番五田八畝一八歩を昭和三六年六月頃申立外村井勇吉に金四一二万八〇〇〇円で売却して得た代金でアパート建築用地を物色していたところ、林田清司所有の本件各土地の買受けが可能であることから同人と交渉し、金二四二万五〇〇〇円で売買契約の交渉がまとまつたものの、同人が法人に売渡すと税金の関係で損がいくと主張して会社との売買契約を拒否したため、やむなく会社の代表取締役であつた被相続人名義で買受けることとなり、同年月頃前示の会社が村井勇吉に土地を処分して得た代金の内から林田清司に対して代金を支払つて被相続人名義で所有権移転請求権保全の仮登記手続をしたのち前示の所有権移転登記手続を受けるに至つた。その後、本件各土地は被相続人名義になつているものの会社の実質的所有土地として会社の資産内容に組入れられている。以上認定の如く、本件各土地の売買契約の当事者は会社ではなくしてあくまで被相続人個人であるから、本件各土地の所有権は被相続人に帰属したものと解すべきである。しかしながら、本件各土地は元来会社が買受ける予定で、買受け資金も会社が支出し、ただ売主のたつての希望で契約当事者を被相続人にしたにすぎず、被相続人自身本件各土地の所有権を取得する意思も必要性もなかつた事情を考慮するならば、被相続人に本件各土地の所有権が帰属すると同時に、被相続人は会社に対して本件各土地の所有権を移転する義務を負担するに至つたと解するのが経験則に合致するというべきである。被相続人が終局的に本件各土地を取得し、会社に買受け代金を立替えて貰い、会社に対して代金相当額を支払う債務を負担するにすぎない関係ではない。そうすると、本件各土地は被相続人名義で登記手続され、形式上所有権者になつているものの、会社に対して本件各土地の所有権を移転する義務を負担しているものであるから被相続人の遺産として遺産分割するのは相当ではない。なお、本件各土地はいずれも農地であり、会社は農業生産法人以外の法人であることは前掲の会社定款により明らかであるから農地法三条二項二の二に該当し、農地を取得すべき適格を欠くところではあるが、取得者が農地を取得すべき適格性を欠くとの一事をもつて直ちに無効の法律関係になるものではなく、かかる場合被相続人の会社に対する本件各土地の所有権を移転する義務は、農地法上の権利移転についての制約(農地法五条)が満されることを停止条件とする所有権移転義務であると解すべきである。以上要するに、本件各土地は被相続人に形式上所有権は帰属してはいるものの、会社に対して農地法上の制約が満足されることを停止条件として所有権移転義務を負担しているものであるから、被相続人の遺産として分割するのは相当ではない。以上を総合すると、被相続人の遺産として分割の対象となるのは、会社の持分権三九〇〇口のみであり、民法九〇三条の特別受益財産は申立人が生前贈与を受けた上記二の宅地建物、相手方浜田輝子が生前贈与を受けた会社持分権一〇〇口、相手方誠が遺贈を受けた上記三の賃借権(小作権)ということになる。

(遺産の評価)

当裁判所は、具体的相続分算定の際の遺産および特別受益財産の評価の時期は相続開始時、現実の遺産分割の際の遺産の評価時期は分割時と解するものである。従つて現実に分割の対象となる遺産は相続開始時と分割時、特別受益財産は相続開始時の各評価を算定する必要があるところである。

一  有限会社市川総業の持分権について

前示の如く、会社は被相続人の個人会社と目すべきもので、一件記録によりその規模も極めて小さいものと認められるところであるから、会社の持分権の評価については、会社の総資産額から総負債額を控除した純資産額を出資口数で除した額を持分権一口の評価として算定すべきである。会社の資産額の算定は貸借対照表によるべきであるが、会社資産である不動産のいわゆる帳簿価格と実際の評価額とはしばしば大きな差異のあることは顕著な事実であり、本件会社の貸借対照表と鑑定人佃順太郎の鑑定書を比較すればその例に洩れないことは明らかであるから、不動産の評価についてのみ別途なした鑑定の結果によるのが妥当である。

(一)  会社所有不動産の範囲および現況等について

本件記録添付の不動産登記簿謄本、固定資産評価証明、前掲の調査報告書および前示認定事実を総合すると、会社の所有不動産および現況等は以下のとおりである。

(1) 大阪市○○区××△△町一三七六番三

宅地 一八五、一二m2

(2) 同地上 家屋番号 三七七番

木造スレート葺二階建共同住宅 一階 一〇三、三〇m2

二階 一三八、七一m2

(3) 大阪市○○区××××町三〇五番

宅地 一八一、八一m2

(4) 同地上 家屋番号 九三番

木造瓦葺二階建共同住宅 一階 一三七、五五m2

二階 一一九、八三m2

(5) 同所六七番一

宅地 一七五、二〇m2

(6) 同所三〇五番地上(現況は(5)物件地上)

家屋番号 八九番

木造瓦葺二階建共同住宅 一階および二階各八四、二九m2

(7) 大阪市○○区××○○○町二七番二

畑 九三m2

(8) 大阪市○○区××△△町五六五番一五

雑種地 六二m2の持分五分の三

(9) 同地上 家屋番号 △△町五六五番一五の三

木造瓦葺地下一階付居宅 一階 五八、九〇m2

地階 四七、八三m2

(10) △△市大字○二九五番一

田 二六一m2

(11) ○○○市×××町二〇八三番

畑 六五七m2(六畝一九歩)

(12) 同所二〇八四番

畑 一〇四四m2(一反一六歩)

(13) ○○市××三丁目一七九番六

宅地 三五、四六m2

(14) 同地上 家屋番号 一七九番六

木造瓦葺二階建居宅 一階 二二、一九m2

二階 一五、七五m2

(15) ○○市××三丁目一七九番七

宅地 四一、八〇m2

(16) 同地上 家屋番号 一七九番七

木造瓦葺二階建居宅 一階 二三、八五m2

二階 一八、九一m2

以上の会社不動産のうち、〈13〉ないし〈16〉の物件は相続開始後会社の収益から買入れたものである以外は相続開始時から現在に至るまで変化はない。(10)の物件は、会社が申立外北岡俊一郎と共に昭和三八年五月同所二九五番の土地を申立外西井芳和より農地法五条の規定による許可があることを停止条件として売買契約を締結した後同土地を北岡俊一郎との共有持分に応じた広さに分筆したうえ互いの持分を譲渡し合つて(10)の物件に対する単独の権利を取得するに至つたものであり、会社の本件土地に対する権利は停止条件付に所有権を取得する権利と目すべきものであり、(11)および(12)の物件も前認定のとおり停止条件付に所有権を取得する権利であるが、(10)の物件については所有権移転請求権保全の仮登記手続が経由されており、(11)および(12)の物件については停止条件付所有権移転義務者が被相続人の相続人である本件当事者であることからすれば、会社の以上各土地に対する権利が侵害される可能性は殆どなく、また実質上の所有権行使の支障もないから、完全な所有権とみて評価すべきである。

(1)および(2)は第二市川ハウス、(3)および(4)は第三市川ハウス、(5)および(6)は××荘と称するアパートとその敷地であり、(7)は登記簿上地目は畑となつているが現況は宅地で更地のまま放置されているもの、(8)および(9)は三戸からなる貸家とその敷地、(10)および(11)は登記簿上地目は畑であるが、その一部が塚状になつて雑木がその周囲に生えている畑で、相手方誠が時折使用しているもの、(12)は登記簿上の地目は田であるが、現況は畑で相手方誠が時折使用しているもの、(13)および(14)、(15)および(16)は貸家とその敷地である。

(二)  会社社員権の評価について

被相続人の死亡した昭和四〇年九月七日に最も近い昭和四一年九月三〇日現在の会社の貸借対照表によると、土地および建物を除く資産額は金三四五万七六四〇円であり、鑑定人佃順太郎作成の鑑定書によると相続開始時における、前項(1)および(2)の不動産は金三八七万七〇〇〇円、(3)および(4)は金三八六万円、(5)および(6)は金二七六万七〇〇〇円、(7)は金八九万三〇〇〇円、(8)および(9)は金一七〇万八二〇〇円、(10)は金一八九万五〇〇〇円、(11)は金三〇〇万九〇〇〇円、(12)は金一五六万七〇〇〇円であり、不動産合計金一九五七万六二〇〇円となり、結局相続開始時における会社総資産額は金二三〇三万三八四〇円となる。一方同時期における会社貸借対照表によると、資本金勘定項目以外の純負債総額は金五〇七万九六二〇円となるから、これを総資産額から減ずると金一七九五万四二二〇円となりこれが相続開始時における会社の純資産額となる。

次に分割時に最も近い昭和四九年九月三〇日現在の貸借対照表によると、土地および建物を除く資産額は金七九六万六五一〇円であり、前掲の鑑定書によると、鑑定時である昭和四九年八月二〇日における前項(1)および(2)の不動産は金七二四万四〇〇〇円、(3)および(4)は金九二六万一〇〇〇円、(5)および(6)は金六七五万二〇〇〇円、(7)は金五九五万二〇〇〇円、(8)および(9)は金四九六万円、(10)は金一五七八万八〇〇〇円、(11)は金二五〇七万一〇〇〇円、(12)は金一五六六万九〇〇〇円、(13)および(14)は金三五八万一〇〇〇円、(15)および(16)は金四一二万四〇〇〇円であり、不動産合計金九八四〇万二〇〇〇円となり、結局審判時における会社総資産額は金一億六三六万八五一〇円となる。一方同時期における貸借対照表によると、資本金勘定項目以外の純負債総額は金三四一万四九九四円であるから、これを総資産額から減ずると金一億二九五万三五一六円となり、これが審判時における会社の純資産額となるから、会社の持分権総数四〇〇〇口のうち三九〇〇口が遺産であるから、

102,953,516×(3900/4000) = 100,379,678円(四捨五入、以下特に記すものの他は同じ。)

が現実の遺産の分割時における評価額である。

二  前掲鑑定書によると、申立人が生前贈与を受けた前示(遺産の範囲)二(1)(2)記載の各不動産の相続開始時における評価は金二四六万一〇〇〇円であり、相手方誠が遺贈を受けた同三(1)記載の不動産の賃借権の評価は金二八五万三〇〇〇円、同(2)ないし(4)記載の不動産の賃借権の評価は金八四〇万九〇〇〇円合計金一一二六万二〇〇〇円である。相手方浜田が生前贈与を受けた会社社員権一〇〇口の相続開始時の評価は19,754,220×(100/4000)円である。

(相続分の算定)

前示のとおり、当裁判所は具体的相続分算定の際の遺産および特別受益財産の評価の時期は相続開始時、現実の遺産分割の際の遺産の評価時期は分割時と解するものであるから、以下相続分および遺産取得額を算定する。

17,954,220円(現実の遺産である会社持分3,900口+相手方浜田生前贈与の会社持分100口)十2,461,000円(申立人生前贈与)十11,262,000円(相手方誠遺贈) = 31,677,220円

が想定遺産額となるから、各当事者の相続分を算定すると、

申立人   31,677,220円×1/6-2,461,000円 = 2,818,537円

相手方紀男 31,677,220円×1/6 = 5,279,537円

相手方誠  31,677,220円×1/6-11,262,000円 = -5,982,463円

相手方浜田 31,677,220円×1/6-19,754,220×(100/4000) = 4,830,681円

相手方かね 31,677,220円×1/3 = 10,559,073円

とそれぞれなるところ、相手方誠は自己の相続分を金五九八万二四六三円超える遺贈を受けているから、この超過特別受益はそれ以外の者が各自の相続分額の割合に応じて負担すべきものと解すべきであるから、各自の負担額は、

5,982,463円×(相手方誠以外の各自の相続分/2,818,537+5,279,537+4,830,681+10,559,073 = 23,487,828)

の算式となり、

申立人    5,982,463円×( 2,818,537/23,487,828) = 717,895円

相手方紀男  5,982,463円×( 5,279,537/23,487,828) = 1,344,724円

相手方浜田  5,982,463円×( 4,830,681/23,487,828) = 1,230,398円

相手方かね  5,982,463円×(10,559,073/23,487,828) = 2,689,447円

となるから、これを各自の相続分から減ずると、

申立人    2,818,537円- 717,895円 = 2,100,642円

相手方紀男  5,279,537円-1,344,724円 = 3,934,813円

相手方浜田  4,830,681円-1,230,398円 = 3,600,283円

相手方かね 10,559,073円-2,689,447円 = 7,869,626円

となるから、結局具体的相続分は、

申立人   (2,100,642/2,100,642+3,934,813+3,600,283+7,869,626 = 17,505,364)

相手方紀男 (3,934,813/17,505,364)

相手方浜田 (3,600,283/17,505,364)

相手方かね (7,869,626/17,505,364)

相手方誠 0

となる。この具体的相続分から各自の遺産取得額を算定すると、分割時における遺産総額は一億三七万九六七八円であるから、

申立人   100,379,678円×(2,100,642/17,505,364) = 12,045,552円

相手方紀男 100,379,678円×(3,934,813/17,505,364) = 22,563,099円

相手方浜田 100,379,678円×(3,600,283/17,505,364) = 20,644,829円

相手方かね 100,379,678円×(7,869,626/17,505,364) = 45,126,198円

相手方誠 = 0円

となる。

(遺産の分割)

現実の遺産分割の対象となる遺産は会社持分権の他はないから、持分権を各自の取得額に応じて分割する他はない。会社持分権三九〇〇口の評価額が一億三七万九六七八円であるから、持分権一口金二万五七三八円三八銭(以下四捨五入)となるから各自の会社持分取得数は、

申立人   (12,045,552/25,738.38) =  467.99口

相手方紀男 (22,563,099/25,738.38) =  876.63口

相手方浜田 (20,644,829/25,738.38) =  802.10口

相手方かね (45,126,198/25,738.38) = 1,753.26口

となり端数が生ずるから、各自の端数持分口数は公平の観点から四捨五入して申立人に四六八口、相手方紀男に八七七口、相手方浜田に八〇二口、相手方かねに一七五三口取得させることとする。そうすると、申立人が金一〇円、相手方紀男が金九四五九円過取得になる反面、相手方浜田が金二六四九円、相手方かねが金六八二〇円不足するので代償金の支払いにより清算させることとし、申立人は相手方浜田に対して金一〇円、相手方紀男は相手方浜田に対して金二六三九円、相手方かねに対して金六八二〇円支払わせることとする。

審判費用については、五分し、その三を相手方かねの、その余を申立人、相手方紀男、相手方浜田の負担とする。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 渡部雄策)

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